「ぼくのおみせ」ができるまで 忍者ブログ
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エル ニョスキ店主の スペイン バルセロナでの料理修行体験記。 といっても、 料理のお話だけではありません! 時間があるときに少しずつアップさせてもらいます♪ ※当ブログの無断転載はしないでくださいね!! でもまぁ転載するほどの大作でもありませんけど(笑)
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2010/01/19 (Tue)

そんなことをしているうちに、9月に入る前にジャン・ポールからも連絡があり、8月中から彼の店へ勉強に行くことになりました。

 

バルセロナから電車に乗って40分弱。

カルデデウの一つ前の駅、グラノジェールスで降ります。

同じ電車に今までずっと乗っていたので、別に変な違和感もありませんでしたが、

なぜか、

 

町の中にある、何かおかしな『違和感』を感じました。

 

 

実はカルデデウでも、同じ『違和感』はあったのです。

 

 

 

この町には人こそ多いのですが、外国人はほとんど住んでいない町です。

スペインでも、ここカタルーニャは独立心旺盛というか、

「俺たちはスペイン人じゃない!」と堂々と言う、とても愛“州”心を持った人がほとんどです。

 

「カタルーニャはスペイン語と違う言語を持っている」

「俺たちはアラブから来たのではない」などなど、

話し始めたらいつまでも止まらないくらいのナショナリズムを持っている人種です。

 

バルセロナの町の中心街はいろんな国の人でいっぱいですが、この町みたいにちょっと都会を離れたところにある町や村はこういった、外国人をなかなか受け入れられない人が多いのです。

 

そんな街に、東洋人が一人でのこのこと歩いていたら、その東洋人は格好の笑いの種になるワケです。

 

そこでまず、俺がよく呼ばれた代表的な表現は、

 

「中国人」でした。


はい。

外国に留学されていたり、住んでいる方は十分ご存知でしょう。

 

確かにスペインは東洋からかなり離れた場所にあるし、当然そんな遠いところの国のことを身近に聞けるわけでもないし、あまり関心も持っていないかもしれません。

 

それに、スペイン国内にある中国料理レストランの多いこと多いこと。

しかもまた、どこでも同じ料理しか置いてなくて、

とてもじゃありませんが、

料理も味も地元の「横浜中華街」とは比べ物になりません(笑)

 

ですが、逆に考えてみると、

僕たち日本人から西洋人を見ても、

最初は当然区別すらできないでしょうし、どこの国の人でも同じように見えるはずです。

 

俺も、小さい頃に住んでいたところの近くに米軍ハウスがあって、そこで見る外国人全てがアメリカ人だと思っていたくらいだから。

 

まぁ

実際のところあそこに居た人たちは全員アメリカ人でしたが(笑)

 

それ以来、外国人を見れば全てアメリカ人と思っていたくらいで、それもまた『からかい』の標的でしたね。

アメリカ人をからかっては怒らせて、走り回って逃げていた子供の頃を思い出します。

 

というワケで、

日本人からしてみればスペイン人なのかフランス人なのかなんて見分けることなんかできないのが当然ですから、彼らから見てもきっと同じ感覚なのかもしれません。

 

それでスペイン人の一部の人は、東洋人をまとめて一つにひっくるめて

「中国人」とか「黄色」と呼ぶのでしょう。

 

ですが、

どの国にも国民一人ひとりに「アイデンテティ」というものがあって、それはもちろんスペインにもあれば中国にもあるでしょうし、日本にだってあります。

とにかく俺は、スペイン人からそれをまとめて全て一つにされることが嫌でした。

 

 

こんなこと、日本にいたときは一度も考えた事がありませんでした。

 

 

ですが、考えてみれば今スペインにいる俺も立派な「一外国人」なんですよね。

 

 

だけど、この仕打ちはひどすぎます。

 

確かに

「気にしなければいい」

で済む問題ならそれでいいのですが、

大半の、スペインに留学や働いていたことがある人ならご存知かと思います。

 

 

とにかく癪に障るんですよね(笑)

 

何処を歩いていても視線を感じます。

軽く病んでしまいそうなくらいにその『視線』が気になりました。

視線だけならともかく、小学生の子供にまでからかわれます。

 

そうやって毎日を過ごしていると、

次第に自分の母国が大好きになっていきます(笑)

 

現在の日本の教育はどうなのかわかりませんが、

俺が子供のころにはそういう「人種的な話」を聞いた覚えがありませんが、

 

「チビクロサンボ」でしたっけ? なんかありましたよね。

 

それ以外覚えていません

 

 

というか俺が勉強しなかっただけかな(笑)

 

対照的に、スペインでは子供の頃からそういう教育がされるようで、

人種も「白、黒、黄色、茶色」と「色」で教えられたりすると聞いたことがあります。

 

確かに、愛国心を養う教育をすることは重要だと思いますが、差別をする教育はいかがなものです。

でも、逆に考えてみれば俺だって日本を出て違う国を見ることができたおかげで、自分の中になかったものを見つけることができましたし、自分の国のすばらしさにも気が付くことができました。

 

 

こんな時でもとりあえず前向きです(笑)

 

 

確かにスペインもすごい国だと思います。

大航海時代の侵略によって、今では中南米のほとんどの国でスペイン語が公用語になっています。

きっとそのときの名残なのでしょうか、当時のスペイン人の感情を今のスペイン人は引き継いでいるような気がしてなりませんでした。

 

スペイン国内では、スペイン語のほかに言語が三つ(カタラン語、バスク語、ガリシア語)あり、カタラン語の中でも、同じ言葉を使っているのにバレンシア地方とは多少表現の仕方が違うと言いますが、

 

こんなこと言うと友達に怒られますが、

俺からしてみると『それ言ってたらキリないよ!』という感じです(笑)

 

 

そんなこんなで町中の『視線』を我慢しながら町を歩き、

ジャン・ポールのいるレストランに着きます。

平日はあまり忙しくなく週末が忙しくなると聞いていたので、

『平日は学校へ行き、金曜の朝にお店へ行き、金曜の夜は彼らの家に泊まらせてもらって、そのまま土曜日働いて、土曜の夜のうちにバルセロナへ帰る』

という生活を始めました。

 

 

 

この店は、ジャン・ポールはフランス人なので、スペイン料理とフランス料理をミックスさせたような料理を出していました。

もちろん、彼の腕は聞くまでもなくすごかったです。

奥さんのマリア・カルメンの作るデザートも、とにかく美味しいものばかりでした。

たくさんの料理やデザートを教えてもらっては、レシピをメモに取る日が続きます。

 

お店に行く日はとても刺激的で、毎日が勉強でした。

 

時には彼らが俺に

「テツ、今度何か、日本料理作ってよ!」なんてお願いをされて、

唐揚げや手巻き寿司、煮物など、スペインで売っている食材をかき集めてできる料理を作って、それをまかない料理にして食べます。

 

 

このお店でも給料はもらえませんでしたが、

とにかく毎日が充実して、すごく楽しかった。

 

 

 

「現地の人と働く楽しさ」を覚え始めた頃です。

 

 

 

あ、

 

『視線』にも違和感を覚え始めた頃でした(笑)

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