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エル ニョスキ店主の スペイン バルセロナでの料理修行体験記。 といっても、 料理のお話だけではありません! 時間があるときに少しずつアップさせてもらいます♪ ※当ブログの無断転載はしないでくださいね!! でもまぁ転載するほどの大作でもありませんけど(笑)
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2018/06/22 (Fri)
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2009/08/30 (Sun)
「スペイン行きの話」をいただいたとき、
俺が行くはずだった「バルセロナの日本料理店の鉄板焼屋」には、
広島から来た「ジョルディ」という知り合いが働いていました。
俺か彼か、
どっちが先にスペイン入りしたのか記憶が定かではありませんが。
 
本名はタカダくんです。
もちろん日本人ですが、「ジャンボさんの知り合いのジョルディに似ていたから」という理由で、そう呼ばれるようになったそうです(笑)
 
以前、彼と広島で知り合ったとき、
「スペインに来たら、たまには一緒に出掛けようか?」なんて話をしていたのですが、
実際にスペインで会ってみたら、タカダくんからこんな話をもらいました。
 
「バルセロナの料理学校に通ってる日本人の女の子を知ってるから、今度その人を紹介してあげるよ!」
 
「へぇ、やっぱりまだまだいるんだ?スペイン料理を勉強しに来た日本人って」
 
絶対に俺以外いるわけない!と思ってたのに(笑)
 


そんなワケで、ある月曜日。
 
店が休みのときにバルセロナでタカダくんと待ち合わせして、
その日本人女性を紹介してもらうことになりました。
 
名前はあーちゃんといいます。京都から来ている女の子です。
 
「今、グラノジェールスって町で、私が通っていた料理学校の先生夫婦が学校を辞めて小さなレストランをやっているんです。最近まで私はそこでお手伝いしてたんだけど、今行けなくなっちゃって。良かったら一度行ってみます?」
 
「グラノジェールスって、カルデデウの隣町じゃん!!」
 
 
 
俺がケイゴさんのお店へ来て、もうすぐ一年半が経とうとしていました。
 
実際、スペインには来させてもらえましたが、ケイゴさんのお店はやはり「日本人のお店」ですし、いつからか「スペイン人コックとも仕事をしてみたい!」と思い始めていたのです。
 
「このまま、いつまでもケイゴさんの店でお世話になっているわけにはいかないよね」
 
と思い始めていた矢先の紹介だったので、
俺は迷わずそのお店に一度顔を出すことになりました。
 
 
 
カルデデウの一つ隣の駅のグラノジェールスという町にある、
Sajolida(サジョリダ)」という、小さなレストラン。
フランス人の旦那さんのジャン・ポールと、スペイン人の奥さんのマリア・カルメンの夫婦二人で切り盛りしているお店です。
この二人は、あーちゃんが通っていた料理学校で先生をやっていました。
ジャン・ポールは料理担当で、マリア・カルメンはデザート担当の先生だったそうで。
 
俺が初めてそのお店に行った時、ちょうどそのお店では「ウサギ料理フェア」をやっていました。
普段は普通のアラカルトをやっているのですが、今回はウサギ料理を前菜からメインまで使っていたフェアでした。
 
初めていろんな形でウサギを食べることができましたが、
 
 
 
正直、店主はあまりウサギ好きではないんです(笑)
 
「食べられない」というのではなく、どうしても
「小学校の飼育小屋にいるマスコット」
みたいな感覚があるので、どうしても抵抗があるんです。
 
俺の「ウサギ嫌い」はさておき、
サジョリダは小さいレストランでしたが、現地の人がやっているお店です。
やはり俺は「現地の人」と仕事をしてみたかったし、こんなチャンスを逃すワケにはいかないと、この店に勉強させてもらいに行くお願いをしました。

ジャン・ポール達も歓迎してくれましたが、
 
 
 
 
それと同時に、
ケイゴさんにもその話を説明しなければいけないんですよね。
 
 
 
「さて、いつ言おう?」
 
 
 
ケイゴさんと毎日のように顔を合わせているのに、
上手にその「話」を切り出せずに、一人でいらいらする。
 
そんな毎日が続きました。
 
 
「よし、今日こそケイゴさんに言うか!」
 
「うーん。いや、やっぱり今日はやめとこう」
 
 
そんなことを、
一ヶ月もの間、毎日ダラダラと考えていました。
 

でも、日に日に
 
「やっぱり今と違う店で、現地のコックと仕事がしたい!」
 
という俺の思いは増していき、ついに俺の口からその言葉が出ました。
 
 
「ケイゴさん、前に話したことのあるグラノジェールスのお店なんですけど、実はそこに勉強に行ってみたくなったんです…」
 
 
「やっぱりなぁ、そう思ってたよ。
鉄也がその店の話を出したときには『そうなるだろう』と想像していたよ」
 

「すいません。でも、今までなかなか言えなくて…」
 
 
 
 
ジャンボさんの紹介で、俺はここまで来ることができました。
やはり「知り合いの紹介」ということもあって、
「ケイゴさんの店から出て行く」というのは俺なりに結構言いづらかったのです。
 
でも、このままケイゴさんの店にいては、せっかくスペインに来たのに、
「スペイン人と仕事をしないで日本に帰ってしまうことになるかもしれない」
と思って、がんばって重い口を開きました。
 
――きっと、ケイゴさんもそれを言いたかったんだろう。このまま俺はここには居てはいけないんだって。だからこれは言ってもいいことなんだ。このままここに残ってちゃいけないんだ――

と、俺は何度も何度も自分に言い聞かせました。
 
ですが、
そうなったらもうケイゴさんの店で働けないのに、
このままケイゴさんの家に居候させてもらえるわけがありません。
そんなことは、ケイゴさんに聞かなくても解かります。
図々しいにもほどがあります。
 
「それじゃ早速、どっかに住むとこ探さないと!」
 
 と思ってすぐにジャン・ポール達にも聞いてみたのですが、
スペインでワンルームマンションみたいな部屋は、
 
日本と違って、残念ながらほとんどと言っていいほどありません。
 
仮に大きい空きマンションがあったとしても、
そこに俺一人で、しかも高い家賃を払うことなんてできません。
 
当然、その町には知り合いなんて一人もいないワケで、
 
「ここで働くのはやっぱり無理なのかなぁ…」
と、俺は半ば諦めかけていました。
 
 

なんだかなぁ。

せっかく、勉強できる環境を見つけたのに。


★★★つづく★★★
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2009/08/06 (Thu)

今回の年越しのお話をしましょう。
 
この年の「Noche Vieja」は、語学学校のクラスメートの家でパーティーをしようということになっていました。
皆で料理を分担して各自作ってきて、持ち寄りのパーティーです。

俺は、ドイツ人の子と一緒にケーキを作ることになり、ジョゼップから教わったパイ生地とカスタードクリームを作り、イチゴを入れたミルフィーユを作ってパーティーに持っていきました。
 
さて。
肝心な「出来栄え」は、というと。
そりゃぁもちろん!
 
 
 
 
 
もうぐっちゃぐちゃで
とてもとても見せれた代物ではありません(笑)
 
 
 
そんなこんなで友達の家に着いて
 
びっくり!! 
 
パーティーに来ていた男性は俺一人だけですよ。
 
他のクラスメートの男子も来ているのかと思いきや、
なんと俺一人、女子六名です。
それも、いろんな国の、いろんな女性。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おっと失礼(笑)
 
っていうか、ここまで女性だけが集まった中に男性一人なんて、実は結構恥ずかしいもんですよ。
 
それから皆で持ち寄った料理を食べて、飲んで、騒いで、年越しの時を待ちます。
このときにはすでに、今までの「勉強」の甲斐もあってブドウの皮むきも種取りも前もって終了していたので、12時の鐘と共にすんなりとブドウを食べることができました。
 
 
 
「今年は何か良いことありそうだなぁ!!」というか
「今年はすごい年になりそうだ!」と
 
俺は新しく明けた年を、ものすごく楽しみにしていました。
 
 
本当に、
「すごいことが起こりそうな予感」がしていたんです。
 
 
そして年も無事に明けた後、
食事も終えてうちらは皆で夜の街へ繰り出します。
とにかく、街の至るところではドンチャン騒ぎです。
 
もちろん、うちらも皆で朝まで踊ってましたよ(笑)
 
夜も明けて朝の六時、
始発の地下鉄が動き出す前には、家路に帰るすごい数の人達で地下鉄の入り口は埋め尽くされていました。
とりあえず俺は、すぐに家(ケイゴさんの家)には帰れなかったので、ドイツ人のクラスメートの家で少し眠らせてもらうことになり、昼過ぎに起き、デザートを作った道具などを持ち帰らなければいけなかったので、ちょっと大きくなったバッグを抱えて駅まで向かって歩いていました。
 
すると途中、
 
「そこの人、止まりなさい」
 
警察のパトカーから、スピーカーを使っていきなり誰かが呼び止められます。
俺は周りを見渡します。
 
 
道路には、車一台走っていません。
 
新年、お昼でしたが道にはまだ誰も歩いていません。
 
 
 
 
はい。
呼び止められたのは俺です(笑)
 
パトカーが俺の真横に停まると、警官が二人ほど降りてきます。
 
「なに? どうしたの?」
と、俺はさりげなく警官に向かって言いながら、
 
 
 
 
心の中で「またかよw」と(笑)
 
 
 
 
すると警官は
「いや、新年に、誰もいない道をそんな大きな荷物もって歩いてたから」
 
眠かったにもかかわらず、
俺は警官に昨晩のパーティーの話を説明しました。
バッグの中の荷物も見せました。
今回はちゃんとした「留学生」だったので、学生証も見せました(笑)
 
 
さすがに警察も納得してくれて、今回も事無きを得ました。
 
だけど、
 
「俺って、やっぱりそんなにガラ悪そうなの?」
 
失礼極まりない話です。
 
 
 
こんなに親切そうな顔してるのに(笑)
 
今思えば、
あの時の警官に
「明けましておめでとう!!」くらい言ってやれば良かったかな

なーんて、 
まだそこまでの余裕なんてなかったくせに(笑)
 
 
 
 
それと、
「パステレリア ピエジャ」での、クリスマスのお話が一つ。
 
毎年1月6日、東方から三賢者がプレゼントを持って来てくれるという話は前にもしましたが、1月5日の夜、その三賢者は近くの村の広場まで行進しながらやって来ます。
 
途中、三賢者は行進しながら、飴やお菓子を投げたりして、集まった子供達を喜ばせています。
そして広場に到着すると、彼らは子供一人一人のプレゼントの「おねだり」を聞いて、翌日の朝までの間に、三賢人(両親?)が子供たちの枕元にプレゼントを置いていきます。
その日の昼間には、各々の家で最後のクリスマスパーティーを開いて祝います。
 
そこで食後に食べるのが「Tortell de Reyes(三賢者のタルト)」です。
 
パン生地の中にマジパンを入れて、大きなドーナツのような丸い形にして、そこにフルーツの砂糖煮を乗せて焼いた後、紙で出来た金色の王冠を真ん中に乗せます。
焼く前にパン生地の中には、そら豆と王様の人形をひとつずつ入れておきます。
 
そして皆で食べる時、タルトを何等分かに切り分けて、食べたタルトの中から人形が出てきたら、その人はその日タルトの真ん中に載せてあった王冠をかぶり、その日はずっと「王様」でいられるという「特権」があるのです。
しかし逆に「そら豆」が出てしまった場合、
なんとそのタルトのお金を払わなければいけないらしいのです。
 
 
子供に「支払い」を請求するわけですよ(笑)
まぁ、本当に払わせるワケではないのでしょうが。
 
もちろん、
毎年この日は子供達が必死になって人形を探し当てようとします。
 
というわけで新年早々、パステレリアではそのタルト作りに大忙しです。
クリスマス中は学校も休みだったので、俺は毎日のように店に手伝いに行っていました。
なんとスペインでは、どの家庭もそのタルトを食べる習慣があるので、店で作らなければいけないタルトの量は半端ではありません。
年明け早々、店の冷蔵庫や冷凍庫はタルト関連だけでぎっしり。
もちろん、通常販売しているものも仕込まないといけないワケですから、まさに想像を絶する量です。
 
そこでパン生地を作って成形するまではいいのですが、
 
――パン生地を焼く前に人形とそら豆を入れる――
 
この作業で、ある「事件」が起こりました。
 
 
 
クリスマスが明けた翌々日、ある一人の女性客が店に文句を言いに来ました。
 
「ちょっと!
昨日買ったここのタルトにそら豆が二つ入ってて、うちの子供達が喧嘩しちゃったじゃないの!!」
 
確かに、「人形の入っていないタルト」には全く意味がありません。
それはただの「パンケーキ」になってしまいます。
皆で厨房に入ってきて、何やら話し合っています。
 
 
そこで、疑いの目を向けられたのは、
 
 
 
 
 
はい。
言うまでもなく日本人の俺(笑)
 
でも、
「絶対に俺じゃない! もう一人の手伝いのおばさんだよ!!」と今でも言えます。
ほかの人に罪を擦り付けているわけではありませんが、あれは絶対に俺ではありません。
だけど、
店の皆は全く信じてくれませんでしたね(笑)
 
 
 
 
 
そんな事もありましたが、
カルデデウを離れた後でも「ピエジャ」に顔を出した時は、
彼らはいつでも帰り際に
 
「テツ、これ持ってきなよ!」
 
と、俺にいつも店にあるお菓子を適当に見繕って
 
というか、お菓子やパンを山ほどくれるんです。
 
「今までずっとタダ働きしていたから、その分こんなにたくさんくれるのかな?」
とも思ったけど、これは「くれ過ぎ」(笑)
 
「こんな量のお菓子、さすがに俺一人じゃ食べきれないよ~」
 
すごく嬉しいんだけど、さすがにこの量はあり得ません。
 
でも、
その「あり得ないくらいの量のお菓子」が
 
「ある日の晩御飯代わり」になったのも事実です(笑)
 
 
そうやっていつも俺が「ピエジャ」に顔を出す時は、
その前日に必ず彼らに電話をしてから遊びに行きます。
 
「もしもし?」

と、パルミラが大抵電話に出るので、俺は、

「えーとすいません。ビルータスを20キロと、ちゃんと人形と豆が一つずつ入った三賢者のタルトを一つ、明日までにお願いします」
 
と、普通どう考えても無理なことを俺も毎回「注文」の内容を微妙に変えて、笑いをこらえながら真剣な声でお願いします。
すると、すぐにパルミラはその「不可解な注文」で、
俺からの電話だと判るとすぐに大声で
 
「あら、テツ~!!!」
 
 その度に俺は受話器を耳から遠ざけます。
 




いや、
本当に耳が痛いんだって(笑)
 

それくらいパルミラの笑い声は甲高いんですから。
 
 
でも、
いつも受話器からその甲高い笑い声を聞いていると
「ピエジャの皆は元気」ということがすぐに判りましたね。
 
 
 
 
俺が日本に帰ってからでも
「ピエジャ」では、毎年クリスマスの時期になると
例の「そら豆事件」の話になり、
当然のように
未だに俺があの時の「犯人」になっているようです。
 
 
 
 
だから
俺じゃないってば(笑)
 
 
 
 
今度スペインに行って
彼らの所に顔出す前には
どういう「注文」の電話を入れようかな?
 
 
 
どうせすぐに「俺から」って判るんだから
 
「寿司2人前」とか言ってみます(笑)
 
2009/07/26 (Sun)
前回、ちょっとだけ触れておきましたが、
「パステレリア」とは、スペイン語で「ケーキ屋」のことを言います。
 
カルデデウに「ピエジャ」という小さなケーキ屋があります。
スペインではどこの町や村にもある、パンも焼く、ごく普通のケーキ屋さんです。
ケイゴさんは、そこの菓子職人のジョゼップと若い頃一緒にお菓子を作っていたそうです。
 
前からそのケーキ屋がずっと気になっていまして、

「いつかそのケーキ屋を紹介してもらって、そこでケーキとかお菓子とか、郷土菓子をいっぱい勉強させてもらおう!」
と思っていて、
ある日ケイゴさんにお願いしてみました。
 
語学学校に行って、ケイゴさんの店にもいて、自分が空いている時間といえば朝だけでしたが、
給料もいらないし、短い間でもいいから時間を有効に使いたかったんです。
 
そして、そのパステレリアの家族をケイゴさんに紹介してもらい、
日本に一時帰国するちょっと前から,スペインに戻ってからも、
毎日、午前中だけ、学校に行く前にそこで勉強させてもらうことになりました。
 もちろん、タダ働きです。
 
「ピエジャ」は、ジョゼップとパルミラの夫婦二人で切り盛りしているお店で、忙しいときは他に売り子のお姉さんが二人と中を手伝うおばさんが一人いました。

それと、「補欠要員」の俺です(笑) 
 
俺は毎朝七時前に起きてパステレリアまで行くのですが、
とにかくスペインは日本と違って日の出が遅いんです。
さらに、街灯は日本ほど明るくないので、そんな早い時間にケイゴさんの家から出ると、ほとんど真っ暗で何にも見えません。
そんな坂道を、毎日毎日自転車で降りてパステレリアまで行きました。
パステレリアは、ケイゴさんの店から歩いて二分で着くところにあるので、わざわざ早起きして家から行かずに、たまに前日からレストランに泊まって、並べた椅子の上に寝て、それで朝、ケイゴさんのお店から歩いて行くようになりました。
 
レストランに「お泊り」する夜、
シャワーは一体どうしていたかというと?
 


体は濡らしたタオルで拭き、
頭や顔は「トイレの洗面台」で洗ってました。




懐かしい思い出です(笑)
 
 
さて。
パステレリアでの研修が始まります。


店の厨房の真ん中の壁にテレビが置いてあります。

スペインテレビの朝のニュースの声が聞こえる中、
 
「おはよう、ジョゼップ」
 
「おはよ、テツ。コーヒー入れてくれる?」
 
毎朝ジョゼップのこの一言から始まります。
カフェテラの蓋を外して、挽いてあるコーヒー豆をそこに詰め、カフェテラの下の部分に水を入れて火にかける、「自家製エスプレッソコーヒー」。
 
それまでカフェテラでコーヒーなんて入れたことありませんでしたから、お湯が沸いたタイミングが良く分からず、最初の頃はしょっちゅうコーヒーを吹きこぼしていました(笑)
 
朝一でコーヒーを入れ、前日の残り物の菓子パンを口に咥えながらその日の準備に取り掛かります。
クロワッサンや菓子パンを焼いて朝のスタンバイを終わらせてから、それからゆっくりとうちらの朝食です。

いつもの朝ごはんは、「ボカディージョ」。
バゲットパンを横半分に切り、そこへ擦ったトマトにオリーブオイルを混ぜたものを塗って、そこに具を挟みます。それがオムレツだったり、腸詰めだったり、生ハムだったり。
それがスペインのサンドイッチ「Bocadillo(ボカディージョ)」です。

なんでも、トマトを塗って食べるのは、
スペインの中でもカタルーニャ地方が始まりらしいです。

「スペインで内戦のあった時代、すごく貧しく食品もなかなか調達できなくて、パンも硬くなったものしか手に入らなくて、そのときは、その硬くなったパンに、身近にあったにんにくとトマト、オリーブオイルを塗って柔らかくして、食べられるようにしてから食べた」

というのが起源だそうです。なんとも歴史を感じる食べ物です。

今ではそれを一つの「味覚」として、レストランでは丸のにんにくとトマトを軽くトーストしたバゲットや、カンパーニュパンに塗ってそのまま食べたり、具を乗せたりして食べています。

パステレリアで皆と一緒に朝食を取っているときにいろんな会話をするのですが、ここカタルーニャでは、「カタラン語」という、スペイン語とは違った言語を使って話しているので、最初はそれが全く理解できなくて、ただ黙っているしかなかったんですよ。
 
俺もいじけ気味に、
「スペイン語はおろか、カタラン語で話されちゃこっちは何にも言えないよ。ただでさえスペイン語も全く話せないのに!」
 
そんな中ジョゼップは俺に気を遣ってくれて、スペイン語の動詞をいつも原形で話してくれます。スペイン語は、一つの動詞が六通りにも変化するので、慣れるまでの間はかなり苦労します。原形で分かりやすく話してくれるのは嬉しいのですが、もちろんそれではいつまでたっても勉強になりません。そんなことをパルミラもジョゼップに言っていたようです。
パルミラは、俺と話すとき、どんなに俺が分からなくてもちゃんと動詞も変化させて、そのときの状況によって使い分けてしゃべってくれていました。
でも、その当時の俺はそれについてもいけませんでしたが(笑)
 
そして朝食を済ませた頃、学校に行く時間になります。

いつもギリギリまで食事したり彼らと話していたりするので、
店を出るといつもダッシュで駅まで向かい、電車に飛び乗ります。
平日はこんな日が続きました。
週末は学校も休みなので、
昼、ケイゴさんの店がオープンするまでの午前中は、
とにかくパステレリアに通っていろいろと勉強させてもらいました。
 
パン、クロワッサン、パイ生地、菓子パンや、地元に古くから伝わるお菓子やケーキ。
それら全てを昔のまんまの作り方で教わりました。
未だにスペインでは、日本ではもうほとんど見かけない「フルーツの砂糖煮」の缶詰を使っていたりするし、スポンジケーキの生地にはレモンエッセンスとか着色料をガンガン入れてます。
 
「こんなの、日本じゃもうとっくに廃れてるよなぁ」
そう思いましたが、あえてこの作り方を教わることに没頭します。
 
「こういう古いお菓子なんて、日本で出す店なんてないだろうなぁ。
よし、それならいつか俺が出してやる!!」と、いつも夢見ていました。
 
最近の「作り方」というのは、改良に改良を重ねて考えられた「作り方」であって、それよりも、せっかく今実際にスペインにいるんだから、俺はあえて、昔から伝えられている古臭い作り方を教わりたかったのです。

昔から変えずに、同じ方法で作られていることに感動すら覚えました。

その昔からのやり方を教えてもらえるのだから、俺にとってはこの上ない満足感でいっぱいです。


そんなある日、
語学学校のクラスメートが俺を尋ねてケイゴさんの店まで食事に来てくれました。
そのときに持ってきてくれた手土産が、「Virutas(ビルータス)」。
「木こりの切りくず」という意味ですが、切りくずのようにクルクルと丸まったクッキーをチョコレートでコーティングしているお菓子です。

早速俺は「ピエジャ」にビルータスを持って行き、
 
「ジョゼップ、なんでこの店にこれ置いてないの? これ一度作ろうよ。俺に作り方教えてよ!」
と彼に言うと、なぜかジョゼップはあまりいい顔はしません。
一方のパルミラは、それを作って欲しくてジョゼップに何度もお願いしていたそうですが、今までほとんど作ってくれなかったと、俺にため息交じりに笑いながら話していました。
 
「う~ん。なんでだろうねぇ?」
 
なぜかと言いますと、
単純にそれが出来上がるまでの工程が結構面倒くさいらしく、今まで作るのを敬遠していたそうです。
なんていい加減な菓子職人(笑)
しかも、
「暑い時期にチョコを使ったお菓子はすぐに溶けちゃう」などと、確かにそうかもしれませんが、子供にしか利か
ないような言い訳を言っていたので、

「それじゃ暑くなる前に作ろうよ」と、夏前に半ば強引にお願いして作ってもらうことになりました。

もちろんジョゼップはいい顔してません(笑)
 
クッキーの生地を鉄板に細長く絞って、それが焼きあがったらすぐに丸い棒を使って「きこりくず」のように斜めにクルクル巻いて、一度そのクッキーを冷まして固めてから、チョコレートでコーティングします。
俺も一緒になって生地を絞って、焼きあがってすぐ生地を手に取って、

「あちっ! あっち~!!そっか、これだからやりたくなかったんでしょ?」

とジョゼップに言いながら、バターの香りがいい焼きたてのクッキーを、クルクルと丸め続けます。
実際、最初に焼いてあるクッキーは上手く丸められるのですが、手際が良くないと次第に丸める前にクッキーが冷めて固まってくるので、相当スピードを上げて巻かないと、最後のほうは丸める前に固まってしまうのです。それを手際よく何百個も作るんだから、ジュゼップの気持ちも分からなくはありません。
実際、出来たビルータスを店頭に飾ってみると、あれよあれよと言ううちにすぐに売切れてしまい、このローテーションを毎週の仕込みの中に組み込むのは相当難しいんだなぁと俺も実感しました。

「何日もかけて作ったのにすぐになくなっちゃうんじゃ、他の仕事もできないし、そりゃぁ仕方ないのかな? ジョゼップ一人で全部作ってるし」

ジョゼップの言いたいことも分かる気がするのですが、でも売れるんだから作らなきゃ。
 
ですが。


それ以降、

ピエジャの店頭に
「ビルータス」はお目見えしていません。

 





まぁ無理ないか(笑)


★★★つづく★★★
 
2009/06/05 (Fri)

さてさて。

10月になり学校も無事進級を果たして3級に上がってからも、
昼は学校へ行って勉強して、
夕方から夜12時くらいまでケイゴさんの店でお手伝いして、という毎日を送っていました。
学校から店までは電車と地下鉄を使って片道約一時間もかかる道のりで、
移動の時間がかなり長く感じます。
 
――電車の窓から見える景色――
 
最初はすごく新鮮な景色だったのですが、
毎日同じ所を通っていると、
いくらここが「外国」とはいえ、道や景色に慣れてしまうんですよ。
 
もう「世界の車窓から」のテーマソングは忘れています(笑)
 
バルセロナまで出るまでに電車に乗っているだけで四十分くらいかかるので、
いつからか、電車に乗っている間はほとんど寝るようになっていました。
 
道や景色だけでなく、
それだけこっちの生活にも慣れたという事なんですかね。
 
 
そんな頃の俺は、
学校の授業が終わると、毎日のように学校近くにあるレストランにランチメニューを食べに行くようになりました。
その中でも、俺が特に気に入ってほぼ毎日通うようになったお店が、
「Casa Ton(カサ トン)」という名前の、学校から歩いて三分くらいで着くお店です。
そのお店は昼間の営業しかやっていなくても、お客は待たせられるくらいどんどんと入ってくる、すさまじいお店でした。
明らかに、一日のランチタイムだけで二百人くらいはこなしているお店です。
学校の帰りにその店に行っては、
今まで聞いたことのない郷土料理や、
今までに食べて気に入った料理を注文して食べてました。
 
どうしてこの店が気に入ったか?というと
 
コックらしき人は厨房におっさん一人しかいなくて、それ以外はパートのおばさん達が、盛り込みの手伝いとその他雑用をこなしています。
客席から見ても、明らかに厨房内はメチャメチャ急がしく、とにかく頼まれた料理を順番に皿に乗っけて出す、という感じのお店です。
前もってスープ、米料理、煮込みなどは大量に仕込んであってそれを随時温めて出しているのですが、肉や魚は忙しいにも関わらず、ちゃんとオーダーごとに焼くようなお店なんです。
 
しかも、そのおっさんが全て一人で(笑)
 
「よくがんばるなぁ、このおっさん」
 
しかも、
ここのおっさんのスープや煮込みはすごく美味しく、しかも手作りで安かったんですよ。
なぜこれだけのお客が入るのかは、料理を食べれば聞く必要もありませんでしたよね。
 
毎日通い続けると、
次第にウェイトレスの姉ちゃんとも顔見知りになって、次第に俺の注文を聞かなくても予想して、
「今日はフィデウァ(パスタ)とチキン? それにガス入りの水だよね?」
と、聞いてくるようになります。
 
お姉ちゃんの「予想オーダー」は大抵当たってました(笑)
 
そして、
俺は毎日その店に食べに行っては、周りのお客を眺めました。
 
お客が、お店でゆっくりと楽しそうに食事をしている姿を、自分がいつか出すであろう店に食べに来てくれるお客さんと光景をダブらせながら考えていました。
 
「日本に帰ったらこんな店にしたい!こんな料理を作りたい!!」
 
だけどこんなに忙しいのはちょっと(笑)
 
だって、
二百人分を一人で仕込むなんて、ありえません!!
そりゃ昼だけの営業でも十分やっていけるワケですよ。
 
 
そんなある日、
学校からカルデデウに帰ると、役所から一通の手紙が届いていました。
内容はこんな感じ。
 
「あなたが申請された学生証は受理されませんでしたので、十四日以内にスペイン国から退去してください」
 
「あ、やっぱりダメだったか(笑)」
 
でも、そんなに心配はしていませんでした。
なぜかといえば、すでに俺は公立の語学学校に入学しているので、日本のスペイン大使館に語学学校の入学証を持って行けば、問題なく学生ビザを取れることが分かっていたからです。
 
「それじゃ、1ヶ月くらい日本に帰って、ビザの申請して、友達に会って来よう!!」
 
 
ある意味「バケーション」です(笑)
 
すぐに旅行代理店へ行き飛行機のチケットを取って、一週間も経たないうちに飛行機に乗りました。
学校の授業は途中で抜けてしまうけど仕方ありません。
クラスの担任の先生には事前に事情を伝えてOKをもらっていました。
 
ですが、
このまま普通に帰るのもなんだか面白くないので、
ここで一発、クラスメートの皆を引っ掛けてやろうと、
俺はくだらないアイディアを思いついたのです。
 
日本へ帰る前日、学校にて。
「皆、突然なんだけど、僕は急に日本に帰らないといけなくなってしまったんだ。日本で自分のお店をやるために呼ばれてしまい、すぐに帰らないといけないんです。すごく残念だけど、今まで楽しかったです。どうもありがとう!」
 
 
 
前もって、このセリフは自分で勉強して暗記しておきました(笑)
 
皆、びっくりしていたのと同時に、少し寂しそうな顔をしてました。
クラスの中でもはしゃいでいた部類に入るので、隣でいつも一緒にバカなことやっていた、ポーランドの子もかなり残念そうにしていましたね。

そうです。
俺は、皆がこんなに簡単に引っかかるとは思っていなくて、
予想以上の反応に驚いちゃったワケですよ。
 
逆に、「騙しちゃってなんだか悪いなぁ」と思ったくらいですから(笑)
 
そんな中、
皆とお別れの集合写真も撮って「企画」は大成功。
 
だけど、先生にはちゃんと「後で皆に伝えといてね!」と頼んでおいたので、
数日後に「テツヤは戻ってきます」とクラスメートに言ってくれたようです。
 
日本に帰ってビザを申請している間、
学校の皆に日本の絵葉書を一枚書いて送りました。
 
「もうすぐ戻るからね!!!」
 
絵葉書がクラスに届いたのは、俺が学校に戻る2、3日前。
 
俺が学校に戻ってから絵葉書が届いていたらと考えると、
結構笑えます(笑)
 
 
そして、一時帰国当日。
ケイゴさん達や、パステレリアの「Piella(ピエジャ)」の夫婦に挨拶を済ませてから、空港に向かいました。
 
しかし帰りの飛行機の中はずっと寝てましたね(笑)
 
日本に帰ってすぐに必要書類をまとめて、東京にあるスペイン大使館へ行き、ビザの申請を済ませます。
二週間もしないうちにビザが下りて、あとはスペインに戻るまで実家でゆっくりしたり、ジャンボさんに連絡したり、友達に会っていたら、あっという間に一ヶ月が経っていました。
日本に戻っていた間、とにかく毎日がものすごいスピードで過ぎて行きました。
 
それと、俺はここで初めて「時差ボケ」を経験します。
 
夜中に目が冴えます。
昼間に眠くなります。
変な時間にお腹が空きます。
 
日本とスペインで、たかだか8時間しか時差がないのに、なぜか体内時計は逆になっています。
 
久しぶりに会うのに、
俺が昼間にずっと寝ていたせいか、親父もいい加減に呆れた様子で怒ってました(笑)
 
だけど、こればっかりは仕方ない。
だって眠いんだもん(笑)
 
 
そんなこんなで再びバルセロナへ戻り、語学学校、ケイゴさんのレストラン、そしてケーキ屋通いと、日本に帰る前のいつもの生活に戻りました。
学校では、俺が久しぶりに戻った事に皆が歓声を上げてくれます(笑)
有名人じゃないって。
 
そして、久しぶりの授業です。
 
が、
俺は約一ヶ月もスペイン語の勉強をしていなかったため、授業に軽くついていけなくなっています。
必死になって追いつこうと頑張りましたが、やっぱりそう簡単にはいきませんね。
 
 
さて、どうしよう!?


★★★つづく★★★
2009/05/14 (Thu)

その間、語学学校のほうはどうだったかといいますと。
 
 
語学学校の初級レベルのクラスも解らないなりにもなんとか終了して、
夏休みにタカノリのいるグラナダへ遊びに行く前の8月、語学学校で夏期講習を受けることにしました。

『夏休みの間にバカンスを使ってスペインへ遊びに来る外国人』を対象にした特別コースの「スペイン語夏季集中講座」です。

しかし、そこではなんと、
俺みたいに普段学校に通っている人でも夏の時間を有効に利用して授業を受けに来ることができるのです。
普段は半年くらいもかけて1クラスを勉強するのに、夏の間、約1ヶ月でその授業が受けれるということは、短時間でたくさんの事が勉強できるワケです。

もちろん、俺がその話を聞き逃すワケがありません(笑)

レベルも1~5級と、普段の学校のクラス分けと変わらないので、俺もそれを利用して2級の授業を受けて、普段なら半年かかる授業をものの一ヶ月くらいで済ませて、秋から3級に進級することになりました。
 
ですが、「夏休みを利用して」という短期集中なので、授業もテストも一ヶ月という短い期間で終わってしまい、さらには進級テストも筆記のみで面接も無く、この俺が簡単に受かってしまったのです。

いくら文法が解っても、いまだに会話はできません。
 
授業内容もそんなに
というかほとんど解らず(笑)、
ほとんど理解できないまま、あっという間に1ヶ月という時間が過ぎてしまいました。 
 
 
もう一度初級クラスを復習しとけば良かったかも(笑)
 
 
きっと、
この進級テストに「会話のテスト」が含まれていたら、
俺は当然テストに落ちていたでしょう。
 
本当ならばもう少し会話力を身につけたかったところでしたが、時すでに遅し。
俺は会話力がおぼつかないまま、3級に進級することになってしまったのです。
 
 
さぁ、どうしましょう(笑)
 
 
 
この学校に入学した頃からロサさんにラジオを貸してもらい、
夜な夜な「睡眠学習」を始めました。
夜中にやっている、電話相談室
「Hablar Por Hablar(アブラール ポル アブラール)」という番組です。
女性のパーソナリティが真夜中に電話でリスナーの相談に乗ってくれます。
平日の夜中1時くらいから始まる番組で、
それくらいの時間になると俺はベッドに横になり、ラジオのスイッチを入れて、イヤホンを耳に着けてラジオを聴きます。
 
今までに「睡眠学習」という言葉を耳にしたことは何度もありましたが、
まさか実際に、自分が睡眠学習をするとは思ってもみませんでした。
 
さて。
イヤホンを耳につけて、いざラジオに耳を傾けます。
 
 
 
 
 
 
何言ってるか全然解んないし(笑)
 
 
「これも会話の練習にいいわよ」とロサさんが気を遣ってラジオを貸してくれたのでしたが、最初の頃は当然ですが、ラジオの向こうで何を言っているのかも解りません。
 
結局、寝る前に毎晩ラジオを点けてみては、
ラジオは点けっぱなしで、朝起きるとイヤホンはベッドの下に転がってます。
たまにイヤホンが首に絡まって目が覚めるし(笑)
 
「えと、昨日はラジオでどんな話してたっけ?」
 
もちろん、覚えているわけがありません。
 
ですが、解らなくても毎晩聞いていると、
いつからか、学校で勉強した単語が自然と拾えるようになるんです。
すると次第に、
「きっと、こんなこと言っているのかな?」と想像できるようになり始めます。
しかし、
やっと聞けるようになりだした頃のラジオの中の「相談」というのが、
これまたキツい話だったんです。
 
――俺、クラブに行ってナンパした女性とその日に寝たら、病気になっちゃった――
 
初めて理解できたラジオの中の会話にしては、結構重い話です。
 
そんな会話を理解できるようになった俺も、いかがなものかと(笑)
 
リスナーの男性が泣きながら説明していたので、おおよその状況は把握できました。
それでも俺は知っている単語だけしか拾えないので詳しいことはあまり解りませんでしたが、気が付いたら俺は、それくらいの会話はちょっとくらい解り始めていました。
 
その時初めて、
「睡眠学習は決して無駄ではない」という事が実感できましたね(笑)
 
 
でも、あのリスナーの男性、
それからどうなっちゃったんだろ? ちょっと気になりますよね。
 
 
笑うのも失礼な話ですが、
もし彼に一言だけ言わせてもらえるのであれば
 
「なってしまったものはしょうがない。自己責任だね」
というところでしょう。
 
結果的に、良かったのか悪かったのか。
 
 
スペインのラジオを聴きながら、
 
一度に二つの事を同時に勉強できた「睡眠学習」でした。


★★★つづく★★★ 
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