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エル ニョスキ店主の スペイン バルセロナでの料理修行体験記。 といっても、 料理のお話だけではありません! 時間があるときに少しずつアップさせてもらいます♪ ※当ブログの無断転載はしないでくださいね!! でもまぁ転載するほどの大作でもありませんけど(笑)
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2018/06/22 (Fri)
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2009/04/27 (Mon)



話を聞いてみると、彼は若い頃にフラメンコの踊り手をしていたらしく、近くにあるタブラオでフラメンコを踊っていたそうですが、今は脚の調子が悪く、こうしてリハビリも兼ねてアランブラ宮殿まで散歩に来ているそうです。
 
名前はホアキン。
この名前を聞いて、彼のことを知っている日本の方は結構いると思われます。
 
なんでも「日本人女性が大好き」だそうで、俺に、ホアキンが大好きだった日本人女性の写真まで見せてくれるような、とても愛嬌のあるいいおじさんでした。
 
まぁ、
それだけで意気投合する俺もいかがなものかと(笑)
 
するとその日の夜、ホアキンから、
彼のいるタブラオ(フラメンコショーのあるレストラン)にフラメンコを見に来ないかと招待され、ヒノ君と俺の二人で行くことになりました。
タカノリはすでに何度か見ていたようで、一緒には来ませんでした。
 
これも闘牛と同じような感覚なんですかね。
 

 
「一度観れば・・・」(笑)
 
 
さて。
ホアキンに教えられたタブラオ「Jardines Neptuno」に着き、
狭い通路を通り会場に入ります。
ここで普通なら入場料を払わないといけないし、
そんな感じの「客引き」かな?なんて思っていましたが、
 
なんとうちらは「完全御招待」でした(笑)
 
会場の真ん中には大きなステージがあり、ホアキンはそのステージのすぐ真横にうちらの席を設けてくれていました。
うちらの他にも日本人が二組、京都から来ていた大学生の女の子たちや、イギリスから旅行に来ていた、カネコさんという日本人夫婦。
 
すると彼らも皆、
うちらと同じように、アランブラ宮殿でホアキンに声をかけられてここまでやってきたというのです。
そんな彼らを見て、
ホアキンが相当の日本人好きなのがさらに良く解りましたね(笑)
 
それからしばらくすると、フラメンコのショーが始まります。
やはり大きな会場だけあって、出演者の数も半端じゃなく多いし、
「まるでミュージカルか?」というくらいの迫力でした。
終始、圧倒されながらステージに釘付けです。
それと同時に、
フラメンコの音楽が全身に心地よく響いてました。
 
 
最後に皆で記念写真を撮ると、
これも何かの縁なのでと、皆と連絡先を交換したりして別れました。
 
女の子たちとは次の日、一緒にアルバイシンという町を一緒に観光しようか?という話になり、翌日待ち合わせてアルバイシンの町を探索しました。
 
残念ながら、これもナンパではありません(笑)
 
どちらかと言えば、
当時は女の子に声を掛けるのも苦手でしたから(ぇ)
 
しかし、
この辺りはとにかく暑く、昼間になると誰も外を歩いていません。
日本の気候よりは乾燥していてジメジメしていなかったけれど、とにかく日差しが強い。
 
 
町の中にある温度計は「38℃」となってます。
 
人間で言うと「微熱」ですか。
 
 
「こんなの日本じゃありえない!!」
 
暑いのが大の苦手な俺は、ぐったりしながら日陰に入って涼みます。
だけど、湿気は少なく日陰に入ると少しひんやりとしているので、日本の夏に比べればまだマシと思うのですが、やはりこの暑さには耐えられません。
陽の下にいるだけで肌が痛くなってくるくらいで、気が付いたらすでに日焼けしてました。
 
あ、
もちろんグラナダでも「市場巡り」に行きましたよ!
 毎度の事ながら言葉あんまり分かりませんでしたが(笑)
 
 
そんなこんなのグラナダ旅行でしたが、
あっという間にバルセロナに帰る日になりました。
 
 
ヒノ君は「これからもう少し南の方へ旅を続ける」と言い、
彼は電車に乗ってマラガという街へ向かうため、そこで彼とお別れです。

彼とは、俺がまだスペインに居た頃に何度か手紙のやり取りをしていましたが、
今となっては完全な音信不通となっております。
当時彼が就職した、某広告代理店にまだ勤めているのであれば、
すぐに連絡でも取れそうなんですが。

ヒノ君をご存知の方、店主に是非ご一報を!


 
 さて。
バルセロナに帰ってから早速、ホアキンに手紙を書きました。
 
 
あの時俺は、彼に俺の日本の実家の住所を渡していました。


数年後、
俺が日本に帰国すると、彼からの手紙が実家の俺の部屋に置いてありました。
 当時、すぐに俺に返事をくれていたみたいです。
 
 
ですが、封筒の表面を見て俺は思わず大笑い。
 
なんとホアキン、俺への手紙で重大なミスを犯してしまったのです。
 

はい。
ここから少しだけ、スペイン語教室のお時間です(笑)
 
俺の名前、「Tetsuya」は、最後が「A」の母音で終わります。
スペイン語には「男性名詞」と「女性名詞」があり、
最後に「A」で終わる名詞というのは「女性名詞」です。
 
封筒の宛名の部分に、
俺は男だから、本来ならば「SR.」(セニョール)と名前の前に書かれて
「SR.Tetsuya」となるはずなのに、
 
「SRTA.(セニョリータ(未婚女性)を指す呼び方)Tetsuya」となってます。
 
ということは、
 
そうです。
 

 
完全に俺のことを「どっかの日本人姉ちゃん」と勘違いしてますこのオッサン(笑)
 
まぁ、
彼もたくさんの日本人と出会っているから
もう誰が誰だかわからなくなってるんだろうなぁと推測。
 
 
当然、俺のことだってすぐに忘れていたはずで、
俺が彼に書いた手紙だって、どこの誰からの手紙かすら分からなかったはず。
 
  
 
だけどホアキン、まだ元気にしてんのかな?
 
 
グラナダのどっかで、今も元気に日本人女性を引っ掛けてんのかな?
 
あ。
 
 

ひょっとしたらホアキンは
 
俺に見せてくれたあの写真の「日本人女性」をずっと想い続け
 
彼女がまたアランブラ宮殿にホアキンに逢いに来てくれるのを
 
今でもずっと待ち続けてるのかな?
 
 


 
 
 
 
なーんてストーリーだったらすごく素敵な話なんですけどね(笑)
 
 
 
 
 
「たくさんの女性に声を掛けられるとは、
なんとうらやましい。。。なんて素敵なオッサンなんだ!」
 
「いつか俺もそんなオトコになってやる!!」
 
「俺も彼を見習って、。。。!!!」

 
 
 
と思ったグラナダ旅行でした(違?)




「あ! 僕(私)もこの人知ってる!!」
という方がいらっしゃいましたら、是非こちらにコメント下さい(笑)
 

★★★つづく★★★
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2009/04/06 (Mon)


一九九八年、夏のある日のこと。
アンダルシア地方にある「グラナダ」と言う町から、ケイゴさんと同じ浜松出身の日本人コックがケイゴさんのお店に料理の勉強をするために来ることになりました。
「(彼を)直接は知らない」とケイゴさんは言っていましたが、二人の共通の知人にフラメンコギター弾き(日本人)がいるらしく、彼はその人からケイゴさんの話を聞いて手紙を書いてきたそうです。

名前はタカノリ。俺と同い年の昭和四十八年生まれです。
彼はずっと、浜松のとあるスペイン料理店に勤めていたそうですが、やはり俺と同じように本場が見たくなり、最初はそのフラメンコギター弾きの知人を頼りにグラナダまで来たらしいのですが、紹介してもらうような知り合いや店もなく、結局グラナダでは語学留学だけしかできなかったそうです。
 
「へぇ、俺みたいなのって、一人じゃないんだなぁ」
 
実際、フランスやイタリアに料理修行に出る人は多いのですが、スペインにはそんなにいないだろうと俺は思っていました。

ですが、やはり「日本人」です。
 
「なんだぁ、他にも同じこと考えてる日本人っているんだなぁ」
 
ちょっぴりショックでしたね(笑)
 
さて。
ケイゴさんも彼を承諾すると、一度お店へ挨拶に来ることになりました。
 
彼に話を聞いてみれば、
かれこれ三ヶ月もグラナダで語学を勉強していたみたいですが、肝心な「料理」を全くやっていなかったそうで、ついに痺れを切らしたみたいです。
同じコックとして、その気持ちも解らなくもないですね。
せっかく本場に来ているのに料理ができないというのは、
そばが食べたくてそば屋に行ったのにそばが食べられないようなつらいものです(笑)
 
そして、秋から彼もケイゴさんのお店に来て一緒に働くことになりました。
でも、せっかくだから彼がまだグラナダに居るうちに、俺がグラナダに遊びに行くのも悪くないなと思い早速タカノリにグラナダまで遊びに行っても良いか聞いてみると、彼も快くOKしてくれたので、9月にグラナダへ遊びに行くことにしました。
しかし、
8月のアンダルシアはどこに行っても暑いそうで、昼間の気温が四十度を超すとも聞いていたので、
「それならもう少し後に行くよ」ということになりました。
 
暑いのは大の苦手な店主です(笑)
 
 語学学校は9月いっぱいまで夏休みだったので、ケイゴさんにまたお願いしてお店を休ませてもらい、五泊六日(うち夜行列車の車中二泊)でグラナダへ。
 
旅行の当日、バルセロナサンツ駅から夜行列車に乗ってグラナダまで向かいます。
「夜行列車」なんてのも、生まれて初めてです。
 
切符買った時点で緊張してる店主です(笑)
 
ワクワクしながら生まれて始めての夜行列車に乗ります。
 
同じ車両の向かいの席に目をやると、日本人らしき人がいました。
彼の名前はヒノ君。当時卒業を控えた大学生で、就職もある広告代理店に決まったとの事で、今回スペインへ旅行に来ていたそうです。
彼は一人で来ていたので、「せっかくだから、一緒に観光でもする?」という感じになってタカノリと三人で行動することになりました。
 
 
 
ナンパではありません念のため(笑)
 
 
 
タカノリが住んでいたマンションには他の国から語学を勉強(いや、ほとんど遊びですね)に来ている学生さん達が住んでいて俺の分しか余分なベッドがなかったので、ヒノ君は別の場所にペンションを探すことに。

その日は皆ゆっくりして、次の日の朝からアランブラ宮殿を見に行こうという話になって別行動を取りますが、俺はタカノリに近くにあるバル街まで連れてってもらい、タパス(スペインのおつまみ)をつまみに行きました。
 
なんとグラナダでは、今でも飲み物を一杯頼むと一品おつまみが提供されるのです。
そんな事、グラナダに行くまで全く知りませんでした。
 
「おつまみ」と言っても、結構な量です。
 
三杯飲めば、三品食べられるわけです。
 
素晴らしい。
 
そうやってここの人達ははしごして飲み歩いては、
お店によって違う種類のタパスを楽しんでいるそうです。
昔はスペイン全土でそういう風習があったそうなのですが、今ではほんのごく数箇所しかそういう場所は残っていないそうです。
バルセロナでは飲み物とタパスは別料金でしかも高いし、俺からしてみれば「朗報」です。
 
食べまくりです(笑)
 
続いて、
夏の暑い時期にスペインの南の地方でよく飲まれているという
「ティント デ ベラーノ」を勧められて飲みます。
安い赤ワインを、炭酸のレモンジュースで割って飲むそうです。
 
話を聞いてるだけではなんだか安っぽい感じがしますが、飲んでみるとこれが結構美味い。
きっとこれは、「安いワインを美味しく飲もうとする方法」なのでしょう。
あまり酒には強くない俺でしたが、これだと飲みやすくてついつい多く飲んでしまい、すでに俺の顔は真っ赤になってます。
 
お腹も張ってきたし、良い感じで酔ってきましたが、それから少し夜のグラナダの街を案内してもらって、地元のお姉ちゃん達を捕まえて一緒に写真を撮ったりして遊びながら、タカノリの家に帰ってすぐに眠りました。
爆睡でした。知らないうちに疲れがたまっていたんですかね。
 
翌日、タカノリとヒノ君と俺の三人でアランブラ宮殿へ行きます。
 
途中、変なスペイン人おじさんに出くわしました。
なんとそのおじさん、スペイン人なのにやけに日本語が上手なんですよ。
 
「きっと、どこかの業者の観光客相手の商売なんだろうな」
 
と思って、あまり気にも止めずにうちらは観光を続けました。
 
そして宮殿の上のほうに着くと、
なんとそこには、またあのおじさんが立っていたので、
話してみるのも面白そうだねと

今度はうちらから声を掛けてみることにしました。


★★★つづく★★★
2009/03/14 (Sat)
 
1998年の夏、
といっても秋になる前に、
「小学生の社会科見学のノリ」で、ワイン工場を見学に行きました。
 
 
ケイゴさんのお店で、「まかない」の時間になると、
お店にあるワインを飲ませてもらうようになったのですが、
店主、意外にも当時はお酒があまり好きではなかったのです。
 
今の俺からは全く想像がつきません(笑)
 
「せっかくスペインにいるんだから、ワインの勉強もしよう!」
 
その意気込みは良いのですが、
お酒があまり飲めないので勉強よりまず味が分かるようにならないといけません。
 
ケイゴさんのお店で試飲させてもらうようになってから、
そのボトルのラベルをはがしてノートに貼り付けたり、
自分なりの感想をノートに書くようにしました。
ワインがどんなものなのか、さらには当時ワインの味すら分からない俺が書いた一口メモですから、あまり参考になったものではありません(笑)
 
たくさん飲んでラベルを貼り付けては貯め込んだ、その「ワイン一口メモ」ですが、
 
 
 
 
 
 
今となってはどこにしまったか覚えてません(えー)
 

そんな感じで、お店のワインの試飲をしているうちに、
 
「よし、ワイン工場に見学に行こう!!」
 
となったワケです。

何度も言いますが、
当時の店主はお酒があまり飲めませんでした(笑)
 
俺が当時住んでいたカルデデウの村から、電車で1時間ほど南へ行った場所に
「ビラフランカ デル ぺネデス」という村があります。
俺は、その村にある、
世界的にも有名なワインメーカー「トーレス」のワイン工場へ行くことにしました。
 
 
電車に乗っていると、いつからか周りの景色は一面のブドウ畑になります。
 
また頭の中で「世界の車窓から」のテーマソングが流れます(笑)
 
毎度の事ですが、
俺は計画も立てずに、ワイナリーの場所も調べずに、
さらにはコンタクトも全く取らずにワイナリーに参上です。
 
場所も分からずに、迷いながら歩くこと30分ほど。
 
「お、ここかな?」
 
俺が着いた場所は、
ワインを造っている場所ではなく、
トーレスのオフィスビルでした。
 
「ワイン工場を見学したいんですけど・・・」
 
そりゃ、
オフィスビルの受付にいたお姉ちゃんも首を傾げるワケです(笑)
 
すると受付のお姉さんは
「どちらから来られたのですか?」
 
カルデデウの村から来てるくせに
「日本からです」
 
 
ええ。
完全に嘘です(笑)
 
嘘というか、スペイン語を間違え
「僕は日本人です」というところを「日本から」と言ってしまったワケで。
でも俺はそこを訂正もしません(笑)
 
すると受付のお姉さんは、内線電話でどこかに電話すると
 
「少々お待ちください」と、
僕をロビーのソファーまで案内します。
 
ロビーでしばらく待っていると、偉そうな人が一人、
いろんな人に囲まれながら遠くを歩いてました。
 
今思えば、あの人はそこの社長のミゲル・トーレスでした(笑)
 
もちろんその人とお話なんてすることもなく待っていると、
おじさん一人とお姉さん一人が俺のところへやってきました。
 
「それでは、これからワイナリーまで行きましょう」
そう言われると、オフィスビルを出て車まで案内されましたが、
 
目の前の光景にビックリ。
 
「白いベンツ」が停まってます。
運転手付き、さらには案内のお姉さんまで付いて。
 
完全に俺、
日本でスペインワインを輸入している人と勘違いされてます。
 
そして俺は、綺麗なお姉さんと一緒にベンツの後部座席に乗り、
ワイナリーまで案内されるワケです。
 
 
「いやぁ、俺はカルデデウから来ただけなのに」
 
 
なんて言葉はもう間違っても言えません(笑)
 
 
優雅にベンツの後部座席に乗りながら、まず初めにブドウ畑まで案内してもらいます。
 
「すでに今年のブドウは収穫され始めているので、あまりブドウは見れませんが」
と言われていたと思いますが、とりあえず畑を見学します。
 
「この畑は・・・」と
延々とお姉さんは俺にブドウ畑についての説明してくれますが、
俺にはほとんどスペイン語が解りません。
 
すると今度は、ワインを実際に樽の中で寝かせている地下室まで案内してくれました。
そこでもお姉さんは延々と説明を続けてくれます。
 
「うん、うん」と、俺はお姉さんの説明に頷きながらも
 
 
そんな難しい言葉解んないって(笑)
 
 
そしてその後に俺は、「観光客用の見学施設」へ案内されました。
そこには、外国人観光客がたくさん居ました。
俺も本来ならばそのルートで案内されていたのでしょうが。
 
そこには、
昔、ブドウを搾っていた古い機械や、ブドウ畑で働いている人達の写真、トーレス社のワインボトルなどが所狭しと並べてあります。
 
そこで、お酒になる前の絞られたブドウジュースの「モスト」をご馳走になりました。
いやぁ、その「モスト」の甘いこと甘いこと。
そりゃ、100%ブドウジュースですから甘いに決まってます。
 
 
「それでは、私はこの辺で」と
案内役のお姉さんはお仕事終了のようで、俺と別れました。
 
 
そして、見学施設でお馴染みの「お土産コーナー」では
ワインラベルの形をしたピンを買ってみたりと
俺は完璧に観光客になりきってるし(笑)
 
 
そんなこんなの「初めてのワイン工場見学」でした。
 
 
言葉が解らなかったなりにも、
ワイナリーを見学できるということはそう滅多にない貴重な経験なので、
全く無計画でしたが見学に行けて良かったなと思います。
 
 
そして、 
その「トーレス社」のワインは、
現在、ニョスキのハウスワインとしてお客さんに提供させていただいてます。
 
 
 
「これも何かの縁だったのかな?」と
 
 
 
トーレスのワインボトルを眺める度に、あのワイン畑を思い出します。
 
 
 
もちろん、
 
あの白いベンツも
 
案内役の綺麗なお姉さんもね(笑)


★★★つづく★★★
2009/03/09 (Mon)

食事の後は、街の中心部にある市場へ行ってみました。
そこではスペインでも珍しく、ウナギが生きたまま売られています。
バレンシアではウナギの料理も結構多く、中には米料理や煮込み料理にも入れるそうです。
 
地方にある市場に行くだけで、
その町や村の雰囲気や人柄、生活感が良く分かるといいます。
 
はい。
言葉の解らない俺にはさっぱり分かりません(笑)
 
小腹が空いていたので、市場内にあった果物屋でイチゴをちょっとだけ買って、食べながら市場内を散歩します。
こうやって歩きながら食べるイチゴも、また格別。
ただ、冷えてなかったのが残念。
それもそのはず、今さっきまで市場に並んでいたものでしたから。
 
と、
市場に気をとられているうちに街は薄暗くなってきました。
昼間に大食いしていたので、軽めの食事をペンション近くのバルのサンドイッチで済ませて部屋に戻って休むことにします。
この日はちょっと蒸し暑くて、なかなか寝つけそうな感じがしていましたが、
俺はそれ以上に疲れていたので、ベッドに横になるなりすぐに眠ってしまいました。
 
二日目。
今日は夕方から闘牛を見に行きます。
 
「スペイン」といえば、闘牛やフラメンコのイメージが現在の日本では定着しています。
 
バルセロナにも闘牛場はありますが、それは一昔前の名残で現在はほとんど開催されていません。せっかくここまで来たのだから、一度くらいは見ておきたいと思っていました。
 
それまでの間、昼に海岸近くまで歩いて出てみます。
海岸の近くにどこかいいレストランがないかなぁと、
そんな期待を寄せながらゆっくりと海岸線を歩き続けます。
 
何軒かあるレストランのうち、一番お客さんが入っていそうな店を選んで入り、
今日もまたパエジャを注文。
 
はい。
もちろん美味しかったのですが、やはり昨日行った店の味にはかないません。
 
「今夜も昨日行ったあの店に食べに行こう!」
 
そう思いながら海岸を後に。
 
その後、夕方前にバレンシア駅の隣にある闘牛場に着きます。
といってもどこに並んでどの切符を買えばいいのか全く分からなかったので、
どうしていいのかと闘牛場の入り口でしばらく悩みます(笑)
 
まして字もろくに読めないし、とにかく場所や値段をジェスチャーも交えて聞きながら、
 
「日陰の席を一枚下さい」。
 
闘牛場は
「陽の当たる席」「日陰の席」「陽が当たるけど後に日陰になる席」と、席が選べます。
席によって値段も違うようです。
 
さてと。
なんとか切符を手に入れ、闘牛場に入り席に着きます。
といっても、いたって普通のベンチです。
 
野球場を半分くらいか、もしくはそれよりも小さな丸いスタジアム
いや、「スタジアム」というよりか「広場」です。
 
席に着いて開演を待ちますが、開演時間になっても一向に始まりません。
 
さすがスペインです。
開演時間を大幅に、30分くらい遅れてようやくスタート(笑)
 
 
「闘牛」と言いましても、
テレビや写真だけでしか見ていない人達は、どんなイメージを持っているのでしょうか。
ここでそれを言っても良いのかと思いますが、
 
言っちゃいます(笑)
 
残念ながら日本では肝心なところを見せないようで、
皆さんが持っている「闘牛」のイメージは、
 
「ちょこちょこと牛をいたぶりながら、マントでヒラヒラと交わして」
 
というものだけでしょうが、
実はそれだけではないんですよ。
それだけならかわいいモンですってば(笑)
 
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、そこから先に真実があります。
 
マタドール(牛にとどめを刺す闘牛士)は、
最後に「かなりいたぶられて弱り果てた」牛の頭を、長いサーベルを使って一突きで刺すのです。
 
そう。
 
あらかじめ牛を出血させておき、さらに
「一度刺さったら抜けない」槍を牛の背中に何本も突き刺し、
ヒラヒラとマントを使って牛を衰弱させて、
すっかり弱り果てた牛の頭を、最後に一突きして殺すワケです。
頭を一突きされる直前の牛の背中からは、止まらないほど流血しています。
遠くから見ていても血がポタポタと、砂の地面を赤く染めていきます。
 
こればかりは俺も始めて見た光景なので、さすがに驚いた。
まさに「開いた口が塞がらなかった」状態です。
動物愛護団体が黙っちゃいない光景ですよ、ホント。
 
もちろん、サーベルで刺されれば瞬時にして牛は即死。
今さっきまで四本足で立っていたのに一瞬にして地面にドサッと倒れます。
そこでさらにマタドールの中の一人が、
「これでもか、これでもか!!」と、
牛の頭に刺さっているサーベルをさらにグリグリとかき回します。
すると、牛も死んでいますがそれに反応して体がビクビクと痙攣します。
そのあとマタドールは牛の角を切り取って彼の勲章にするのか分かりませんが、
牛の頭から切り取った角を手に持って高々と揚げて観客の拍手を誘います。
 
その後、その牛は縄でくくりつけられて馬に引きずられながら会場を後にします。
 
 
 
 
そりゃ、日本のテレビで放送しないわな
 
というよりか絶対放送できません(笑)
 
さらに、その闘牛ショーは一日に計六回行われます。
もちろんマタドールも6人いて、さまざまなマント使いやサーベルさばきを見せてくれる。
テレビで見たことがありますが中には本当に凶暴な牛もいるようで、一瞬の隙をついて闘牛士に襲い掛かり、角で闘牛士を刺してしまったり、観客席までジャンプして飛び乗ってしまう牛もいたり。

だが、闘牛士が上手いことそれを巧みにかわしながら、少しずつ牛を弱らせていく。
それに魅了される観客も多いのでしょうが、
やはり無残に殺される牛を見ていると、俺でも心が痛みます。
 
 
 
俺の中での「闘牛」は、
「まぁ、話のネタに一度観ました」ということにしておきます。
 
 
そんな気分で闘牛場を後にして、
その日の晩にもう一度「Casa Roberto」へ行きます。
スペインの夕食の時間は遅いので、
俺が行った時間には、まだ従業員が「まかない」を食べてる真っ最中でした。
 
俺も、ちょっと申し訳なさそうな顔をして
「もう入ってもいいですか?」
 
席へ案内はされましたが、肩身を狭くしながら席に着きます。
今夜はパエジャでなく、店の人のススメで『フィデウア“Fideuá”』を注文。
今夜は一品だけでなく、イカのフリット(フリッター)も最初に頼みます。
 
「実は僕、日本でコックをしていて、スペインに料理を勉強しに来たんです」
 
これくらいはスペイン語で話せるようになっていたので、
なぜ俺が二日も続けてこの店に来るのか分かってくれたようです。
そこから先、

ウェイターが俺に何を話していたのかは分かりませんでしたが(笑)
 
フィデウアとは、ショートパスタで出来たパエジャのことを言います。
本場ではショートマカロニを使うそうですが、この店ではショートパスタです。
魚介が一緒に入っていて、アリオリソースを付けて食べる。
「アリオリ」とは、にんにくの入った卵黄をオリーブオイルで乳化させたいわば「にんにくマヨネーズ」。それを付けて一緒に食べると絶妙な味になります。
 
気が付いたら、また一人で「二人前」をあっという間に食べ終えてました(完)
 
今日も実に美味しかった!!と、
お腹いっぱいになって気分良くペンションに帰ります。
 
部屋に入ってから、飲み物を買っていなかったことに気が付き、
小走りで外の自動販売機へジュースを買いに行きます。
 
はて。
そのときの行動が素早かったからなのか、
単に俺のことが好きではなかったのか。
ペンションのおじさんが俺のことを不思議そうな目で見ていた
というよりか怪しい目で俺を見ています。
挨拶しても返事すらありません。
 
「なんだろ、愛想悪いなぁ」
 
でもそんなに気にも留めずに、その日の夜もぐっすり眠りました。
 
 
 
翌日、俺は部屋のドアを激しくノックする音で目が覚めます。
 
「あれ、チェックアウトの時間過ぎちゃったかな?」
 
そう思いながら時計を見てみると、まだチェックアウトまで1時間以上はあります。
 
「なんだよ~、こんなに早くに!!」
前の晩は、かなり蒸し暑かったので俺はパンツ一丁で寝ていました。
ゆっくりと服を着ているのにもかかわらず、向こうではドアを叩き続ける。
 
「ちょっと待ってよ!」
さすがに「パンツ一丁」で外には出れません(笑)
急いでズボンだけ穿いてドアまで行って鍵穴から向こう側を覗くと、大きな人が立っているのが見えます。
 
そしてドアを開けた瞬間、「なに?」と言う隙間もなく、
いきなり警察手帳を見せられます。
寝起きに警察手帳見せられたのなんて、生まれて初めて。

もちろん、今までスペインの警察手帳なんて見たことありませんでしたが、
サッと手帳を見せるあの姿は、おそらく世界共通です(笑)
 
「警察だけど、身分証見せてくれる?」
 
「はぁ!?」
 
なんだよ、それ。
昨日俺が急いでジュース買いに行っただけで、変な風に見られるのか!? 
 
それっておかしい。
うん。明らかにおかしい。
とりあえずは、パスポートと学生証の申請書のコピーを見せて、事なきを得ます。

しかし腹が立つ。そんな風に俺を見ていたなんて。
 
そんなワケで、
チップの習慣があるこの国で、
気分悪いからペンションにはチップを一枚も置かず、
ありがとうの一言も言わずに俺はペンションを出た(笑)
 
本当に腹が立ちます。
 
しかも、その後。
市場の近くにパエジャの鍋を売っている店が数軒あってそこも見に行こうとしたら、
なんとその警察、俺のことをずっと尾行していたんですよ!
さすがに俺と目が合うとさりげなく気付かれないようなフリをするのですが、
そんなの俺でも解りますから。
 
「そんなに俺って、ガラ悪そうに見えるのか!?」
 
いたって普通の、観光と写真好きの日本人じゃんか!!

頼むから楽しく旅行させてくれ(笑)
 
さて。
そんなこんなでテンションがかなり下がりましたが、
帰りの電車までまだ時間があったので、市場をもう一度観て回り、
それからバルセロナに帰ります。
 
帰ってすぐにケイゴさんに警察の話をしたら、ケイゴさん大笑い。
ま、これも一つの経験とすれば、いつか楽しい思い出になるとは思いましたけど。
 
学校とお店の都合上、最終日、祭りのフィナーレの張子人形を燃やすところは見ることができませんでしたが、後日、テレビで人形を全て燃やしているところを見ました。
 
一瞬にして張子人形は燃え上がります。
気持ちいいくらいにメラメラと燃えています。
が、
 
とにかく凄い勢いで燃えてるので街全体が熱そうです(笑)
 
いつかまた、ここに来るときがあれば祭りの最終日を狙って、
しかも警察に通報されないような身なりで行くようにしよう
 
って、そんな変な格好をしてたワケではありませんから!!
 
 
とまぁ、
本場のパエジャに夢中になれたような、なれなかったような
色んな意味で楽しかったバレンシア一人旅でした。
 
 
大丈夫。
 

すでにコレも、今となっては良い思い出です(笑)


★★★つづく★★★
2009/02/22 (Sun)

さて。
なんとか無事に「留学生カード」の申請も終えまして(笑)
内山さんの店の仕事にも、語学学校の生活にも全然解らないとはいえ少しずつ慣れてきた頃、ふとどこかへ旅行してみたくなりました。
 
暦はあっという間に3月です。
 
3月にバレンシアという街で「サンホセ」という火祭りがあると聞いていたので、
実はそのお祭りに行ってみたかったのです。
 
張子で出来た巨大な人形がバレンシアの街のいたるところに飾ってあるお祭りなのですが、
なんとその巨大は張子人形は、
祭りの最終日の3月19日の「サンホセの日」に全て焼き尽くしてしまうというのです。
 
その巨大な張子の人形も一度でいいからこの目で見てみたかったし、
それと別に、バレンシアは「パエジャ発祥の地」と言われているので
その本場のパエジャを一度でいいから食べてみたいと、
スペインに居る間に一度は訪れてみたい場所でもあったのです。
 
「Paella」=「パエジャ」
 
この「・・lla」の発音ですが、
日本国内では「パエ『リア』」「パエ『リャ』」などいろいろな意見がありますが、
本来の発音は「パエジャ」だと俺は思います。
 
もっと詳しく説明すると、
「リャ」と「ジャ」の、ちょうど真ん中辺りの発音になります(笑)
 
「パエリア」という呼び方は、いわば「和製スペイン語」です。

アメリカ人に「ビール」と言って伝わらないのと同じです。 
 
「パエリャ」と発音すれば多分スペイン人に通じるとは思いますが、
他の「lla」と終わる単語の発音で「・・リャ」という発音にしてしまうと、
どうしても発音に無理が出てくる単語がいくつかあるので
やはり俺は「パエジャ」と発音します。
 

はい、そうです。

完全に、俺の「どうでも良いこだわり」です(笑)
 
 
話をバレンシア旅行に戻しましょう。
ケイゴさんに、旅行へ行くためにお店を休ませてもらうようにお願いして、二泊三日の一人旅です。
 
はい。
学校はもちろん「ずる休み」(笑)
行った事もない街へ、ろくに言葉も分からないくせに一人旅です。

ノボルさん夫妻が以前バレンシアを訪れたことがあって、色々と話を聞かせてもらっていて、
前もっておススメのレストランも教えてもらっていたので、どこに食べに行けば良いのかは分かっていましたが、
 
事前に調べたのはそれだけです(笑)
 
「バレンシアへ行って、本場のパエジャを食べる」ことは、
俺がスペイン料理に興味を持ってから、ずっとずっと夢に見ていた事でした。
 
「ついに、本場のパエジャが食べられる~!!」と、
ホントに「子供のように」ウキウキしていました。
 
 
バルセロナからバレンシアまで走っている高速特急列車「Euromed(エウロメッ)」に乗り、
バルセロナから約三時間でバレンシアに着きます。

電車に乗るとカツサンドが食べたくなるのは言うまでもありませんが、
ここスペインにはそんな気の利いた食べ物はありません(笑) 



初めて見る景色。

「世界の車窓から」の音楽が頭から離れません。
 
途中、周りの景色がしばらく変わりません。
 
辺り一面、オレンジ畑しか見えません。
 
気が付けば、今度は辺り一面レモン畑しか見えません。
 
 
「へぇ、きっとすごく良い景色なんだろうなぁ!」
 

皆さんそう思われるかもしれませんが、
この景色をずっと眺めていると
 
 
 
 
しばらくすると目が疲れます(笑)
 
 
「よく耳にしたことのある“バレンシアオレンジ”って、ここのことか!!」と、
妙に納得しながら、しばらくの間そのオレンジ畑を眺めていました。
 
今度は、気が付いたら辺り一面「オリーブの木」。
 
 
オレンジ、レモン、オリーブを見ていたら、あっという間にバレンシアに着きました(笑)
 
 
「よし、とりあえず宿探しだ!」と、
気合い入れて目に付く宿を手当たり次第当たってみますが、
 
なんと、
「空いている宿」が全然見つかりません。
 
当たり前です。
街は祭り一色に染まってるということは、それなりの観光客が滞在しています。
という事は、そう簡単に宿など見つかるわけがありません。
 
前もって宿をおさえておくべきですよね(笑)
 
さて、どうしましょう。 
 
「今夜から二泊で、一部屋空いてますか?」
 
言葉が分からないながらも片言のスペイン語で探し続けると、
駅の近くで小さなペンションが見つかりました。
一泊の値段はよその宿よりもちょっと高めでしたが、祭りの期間中なので仕方がありません。
「稼ぎ時」ですからね(笑)
 
チェックインして部屋に荷物を置いて、一息もつかずにすぐ外へ出ます。
 
駅のインフォメーションでもらったバレンシアの地図を片手にぐるぐると街を回りながら、街のあちこちにある張子の人形に見惚れ続けていました。
 
「しかし、でっけぇなぁ・・・」
 
これを最終日に全て焼き尽くしてしまうなんて、もったいない。
でも、それがこのお祭りなので焼かないわけにはいきません(笑)
 
「おっと、パエジャ」 
お腹が空いていたことに気がつき、ノボルさん夫婦に勧められていたレストラン「Casa Roberto(カサ ロベルト)」へ向かいます。
駅から住宅街に向かって、歩いて十五分くらいのところに店はあります。
店に着いた頃ちょうどスペインは昼食時間帯で、店内はお客さんで溢れかえっていました。
 
「一名だけど、いい?」
店の人も、店内が狭い中なんとか席を作ってくれて、俺は席に着きます。
 
とりあえずというか、
注文するものはメニューを見なくても決まっています。
 
『バレンシア風パエジャ』
 
この店の厨房はオープンキッチンになっていて、プラック(ガス台にある大きな鉄板)の上に無数のパエジャ鍋が並んでいて、その鍋の中には、だし汁や米や具がいっぱい入っていて、全ての鍋がグツグツと音を立てて煮えています。
プラックの下に付いているガスオーブンも相当な大きさで、汗まみれのコック達が手際よくパエジャ鍋をオーブンの中へ突っ込んでいきます。
 
そんな光景を見ただけで俺は、
「すげぇ、俺は今本場にいるよ~!!」と、一人で感動です。
でも、そこで一人で大声を出しても変な奴だと思われるので、ここは我慢です(笑)
 
しかし、俺は一人で食べに来ていたので、周りの人は不思議そうな目で見ていました。
そりゃそうです。
レストランのある場所も、地元の人しか行かないような「観光客には分かりにくい場所」にある店だけに、東洋人が、しかも一人だけで来ていることが相当珍しかったのでしょう。
 
そんなことはどうでも良いですが、待つこと約三十分。
出来たてのパエジャがやってきました。
アツアツで、サフランの香る茶色がかった黄色をしたパエジャ。
具は鶏、ウサギ、カタツムリ、白いんげんにモロッコインゲン。
2人前で作られてきましたが、一人でぺロリです。
 
あ、感想ですね(笑)
 
シンプルだけど、とにかく美味いんです。
今まで日本で食べた「それ」とは随分と印象が違っていたことに衝撃を受けました。
 
一人であっという間に食べ尽くして、余韻に浸る間もなく店を出ます。
店がクローズしそうだったので、「本場パエジャ」の余韻は店の外で(笑)
 
 
 
「いつか日本で、俺もこんなパエジャを作ってみたいなぁ」
 
余韻に浸りながら、ずっとそんなことを考えてました。
 

 
あのとき初めて食べた本場のパエジャの味は、今でも忘れません。
 

★★★つづく★★★
 
 
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