「ぼくのおみせ」ができるまで 忍者ブログ
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エル ニョスキ店主の スペイン バルセロナでの料理修行体験記。 といっても、 料理のお話だけではありません! 時間があるときに少しずつアップさせてもらいます♪ ※当ブログの無断転載はしないでくださいね!! でもまぁ転載するほどの大作でもありませんけど(笑)
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2017/12/18 (Mon)
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2009/04/27 (Mon)



話を聞いてみると、彼は若い頃にフラメンコの踊り手をしていたらしく、近くにあるタブラオでフラメンコを踊っていたそうですが、今は脚の調子が悪く、こうしてリハビリも兼ねてアランブラ宮殿まで散歩に来ているそうです。
 
名前はホアキン。
この名前を聞いて、彼のことを知っている日本の方は結構いると思われます。
 
なんでも「日本人女性が大好き」だそうで、俺に、ホアキンが大好きだった日本人女性の写真まで見せてくれるような、とても愛嬌のあるいいおじさんでした。
 
まぁ、
それだけで意気投合する俺もいかがなものかと(笑)
 
するとその日の夜、ホアキンから、
彼のいるタブラオ(フラメンコショーのあるレストラン)にフラメンコを見に来ないかと招待され、ヒノ君と俺の二人で行くことになりました。
タカノリはすでに何度か見ていたようで、一緒には来ませんでした。
 
これも闘牛と同じような感覚なんですかね。
 

 
「一度観れば・・・」(笑)
 
 
さて。
ホアキンに教えられたタブラオ「Jardines Neptuno」に着き、
狭い通路を通り会場に入ります。
ここで普通なら入場料を払わないといけないし、
そんな感じの「客引き」かな?なんて思っていましたが、
 
なんとうちらは「完全御招待」でした(笑)
 
会場の真ん中には大きなステージがあり、ホアキンはそのステージのすぐ真横にうちらの席を設けてくれていました。
うちらの他にも日本人が二組、京都から来ていた大学生の女の子たちや、イギリスから旅行に来ていた、カネコさんという日本人夫婦。
 
すると彼らも皆、
うちらと同じように、アランブラ宮殿でホアキンに声をかけられてここまでやってきたというのです。
そんな彼らを見て、
ホアキンが相当の日本人好きなのがさらに良く解りましたね(笑)
 
それからしばらくすると、フラメンコのショーが始まります。
やはり大きな会場だけあって、出演者の数も半端じゃなく多いし、
「まるでミュージカルか?」というくらいの迫力でした。
終始、圧倒されながらステージに釘付けです。
それと同時に、
フラメンコの音楽が全身に心地よく響いてました。
 
 
最後に皆で記念写真を撮ると、
これも何かの縁なのでと、皆と連絡先を交換したりして別れました。
 
女の子たちとは次の日、一緒にアルバイシンという町を一緒に観光しようか?という話になり、翌日待ち合わせてアルバイシンの町を探索しました。
 
残念ながら、これもナンパではありません(笑)
 
どちらかと言えば、
当時は女の子に声を掛けるのも苦手でしたから(ぇ)
 
しかし、
この辺りはとにかく暑く、昼間になると誰も外を歩いていません。
日本の気候よりは乾燥していてジメジメしていなかったけれど、とにかく日差しが強い。
 
 
町の中にある温度計は「38℃」となってます。
 
人間で言うと「微熱」ですか。
 
 
「こんなの日本じゃありえない!!」
 
暑いのが大の苦手な俺は、ぐったりしながら日陰に入って涼みます。
だけど、湿気は少なく日陰に入ると少しひんやりとしているので、日本の夏に比べればまだマシと思うのですが、やはりこの暑さには耐えられません。
陽の下にいるだけで肌が痛くなってくるくらいで、気が付いたらすでに日焼けしてました。
 
あ、
もちろんグラナダでも「市場巡り」に行きましたよ!
 毎度の事ながら言葉あんまり分かりませんでしたが(笑)
 
 
そんなこんなのグラナダ旅行でしたが、
あっという間にバルセロナに帰る日になりました。
 
 
ヒノ君は「これからもう少し南の方へ旅を続ける」と言い、
彼は電車に乗ってマラガという街へ向かうため、そこで彼とお別れです。

彼とは、俺がまだスペインに居た頃に何度か手紙のやり取りをしていましたが、
今となっては完全な音信不通となっております。
当時彼が就職した、某広告代理店にまだ勤めているのであれば、
すぐに連絡でも取れそうなんですが。

ヒノ君をご存知の方、店主に是非ご一報を!


 
 さて。
バルセロナに帰ってから早速、ホアキンに手紙を書きました。
 
 
あの時俺は、彼に俺の日本の実家の住所を渡していました。


数年後、
俺が日本に帰国すると、彼からの手紙が実家の俺の部屋に置いてありました。
 当時、すぐに俺に返事をくれていたみたいです。
 
 
ですが、封筒の表面を見て俺は思わず大笑い。
 
なんとホアキン、俺への手紙で重大なミスを犯してしまったのです。
 

はい。
ここから少しだけ、スペイン語教室のお時間です(笑)
 
俺の名前、「Tetsuya」は、最後が「A」の母音で終わります。
スペイン語には「男性名詞」と「女性名詞」があり、
最後に「A」で終わる名詞というのは「女性名詞」です。
 
封筒の宛名の部分に、
俺は男だから、本来ならば「SR.」(セニョール)と名前の前に書かれて
「SR.Tetsuya」となるはずなのに、
 
「SRTA.(セニョリータ(未婚女性)を指す呼び方)Tetsuya」となってます。
 
ということは、
 
そうです。
 

 
完全に俺のことを「どっかの日本人姉ちゃん」と勘違いしてますこのオッサン(笑)
 
まぁ、
彼もたくさんの日本人と出会っているから
もう誰が誰だかわからなくなってるんだろうなぁと推測。
 
 
当然、俺のことだってすぐに忘れていたはずで、
俺が彼に書いた手紙だって、どこの誰からの手紙かすら分からなかったはず。
 
  
 
だけどホアキン、まだ元気にしてんのかな?
 
 
グラナダのどっかで、今も元気に日本人女性を引っ掛けてんのかな?
 
あ。
 
 

ひょっとしたらホアキンは
 
俺に見せてくれたあの写真の「日本人女性」をずっと想い続け
 
彼女がまたアランブラ宮殿にホアキンに逢いに来てくれるのを
 
今でもずっと待ち続けてるのかな?
 
 


 
 
 
 
なーんてストーリーだったらすごく素敵な話なんですけどね(笑)
 
 
 
 
 
「たくさんの女性に声を掛けられるとは、
なんとうらやましい。。。なんて素敵なオッサンなんだ!」
 
「いつか俺もそんなオトコになってやる!!」
 
「俺も彼を見習って、。。。!!!」

 
 
 
と思ったグラナダ旅行でした(違?)




「あ! 僕(私)もこの人知ってる!!」
という方がいらっしゃいましたら、是非こちらにコメント下さい(笑)
 

★★★つづく★★★
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ホアキンって、思いつくのは
Joaquin Cortesぐらいしかいないですけど、そうだったの?
寺さんのことだからMiguel Torresとも直接会っているしそうかもね。
僕がスペインに行ったのも8月の暑いときだったけど正直、アンダルシアなめてましたね。グラナダはAlhambraの目の前に泊まったのだけど、あの辺りは山の上で朝晩は寒いくらい。
Hotel Doña Lupeって名前だったけど、どう見てもホテルじゃないでしょここってような、大きいけど酷く古い建物で階段の踊り場にある部屋で当時1000pesetas、800円くらいの宿でした。でも、Sevillaは容赦ない太陽に、日中なんで地元の人も出歩かない灼熱の太陽にクラクラしながら歩いてるんだろ俺、馬鹿だなと思いながらも歩いてました。嗚呼、もう駄目と思うたびにbarに入ってはcervezaというのを昼間っからやってましたけど。
懐かしいなぁ、思い出しちゃいました。
tanaP 2009/10/02(Fri)23:41:56 編集

といいますか、
ミゲル トーレスに直接会った

というより
「遠くから見た」だけですから(笑)

ホアキンの苗字は覚えていないのですが、とりあえずどこかに彼から日本に届いた手紙をしまってあるはずなので、近いうち確認してみます!!
ニョスキ店主 2009/10/22(Thu)04:56:15 編集

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