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「まったく、今日も店の掃除かよ!!」
2000年6月、バルセロナ。
ジョアン・ピケがプロデュースする新しいレストラン「Ruccula」での俺の仕事初日。
「Ruccula(ルックラ)」
「ルッコラ」のスペイン語読みです。
調理場の皆は雑巾を持って、黙って調理場の中の掃除を始めていました。
「でも、まだ外でガンガン工事してたら、明日来たらまたここ汚くなってるでしょ?」
俺より1週間ほど先にここに働きに来たコック達は、この一週間の間ずっと調理場で掃除だけしかしていなかったらしいのです。
そうです。
まだ内装工事が終わってなくて、俺が見た厨房の初印象は
それはとても「仕込みどころではない」ような埃まみれの調理場でした。
しかしこの「掃除」というのが結構無駄な掃除で、客席はまだ工事中なので、どんなに調理場を掃除しても次の日になればまた客席部分の砂埃が調理場のテーブル一面に敷き詰められます。
まさに『イタチゴッコ』(笑)
そんな中、2~3日してからやっと客席の工事も仕上げに入り、
「明日になったら食材や調理器具が届くから、仕込みを始めるからな!」
そう言ったのはここの厨房を仕切るチーフ、エドゥアルドです。
厨房のスタッフは彼をはじめ2番にフランス黒人のジョージ、
その下にうちらコックが七人と、パティシエにはフランス人のアルベルトの計十人と、
洗い物全般と軽い仕込みを手伝うフィリピン人達の三人の、計十三人でした。
「この人数で、大丈夫なのかよ~!!」
はい。たぶん無理です(笑)
250席を、たったの十人のコックでどうしろと!?
だって、毎日十人いるわけではありませんよ。
ローテーションで休み入れたら、毎日六、七人くらいしか調理場にいませんから(笑)
正直、これからどうなっちゃうのか全く分かりませんでした。
だって、調理場がとてつもなく広い上、仕込みの調理場が地下に別に設けられています。
収納スペースは全く問題なさそうでしたが、「これだけの広いスペースをこの人数だけでやるの?」という感じです。
「きっとどうせ明日すぐに汚くなるんだから」と掃除も適当に済ませ、皆で帰りにお茶を飲みに行って、これからのことを話しながら帰りました。
翌日。
朝10時に出勤です。
いろいろな調理器具が厨房に運び込まれたのと同時に八百屋が納品に来ましたが、
「あれ?」
どこをどう見ても玉ネギしか見えません。
「今日はソフリット用の玉ネギのみじん切り!」
と、いつも笑顔なエドゥ。
記念すべき仕込み第一号は、
煮込みや米料理には欠かせない、ベースとなる「ソフリット」の玉ネギのみじん切りから始まりました。
が、とにかく量が多い。
「一袋二十五キロ」の皮付きの玉ネギが、ざっと十袋以上、目の前にドドーンと「これでもか」と言わんばかりに積まれています。
「こんなの機械でやればすぐなのに、なんで手で切らなきゃなんないの?」
そう漏らすコックもいましたが、まだ完全に器具が揃っていないので三日間くらいはずっと朝から晩までこの「玉ネギ切り」。
一度にこんなに大量の玉ネギを切るなんて、生まれて初めてです。
「きっとこの先こんな経験はできないだろうな!」と皆で話しながら、涙を流しながら切りました。
もちろん包丁だけを使ってですよ(涙)
こうして丸2日、延々とうちらはこのタマネギカットに精を出しました。
おかげでタマネギを包丁で切らせたら、うちらはたぶん世界一です(笑)
そして玉ネギ切りの最終日、各自のセクション分けが言い渡されました。
この店のセクション分けはこんな感じです。
・ Cuarto frío(クアルト フリオ‐冷製前菜)
・ Entremetier(エントレメティエール‐温製前菜)
・ Arroces(アロッセス‐米料理)
・ Pescados(ぺスカードス‐魚料理)
・ Carnes(カルネス‐肉料理)
・ Postres(ポストレス‐デザート)
・ Pase(パセ‐料理を通すデシャップ)
・ Preparación(プレパラシオン‐地下の仕込みの厨房)
・ Corre Turno(コレ トゥルノ‐休みの人のセクションの穴埋め、いわばジョーカー)
ジョアンが皆の名前と、セクションを順番に言い渡していきます。
「えっと、テツはコール場で、エクトールは下の仕込みの調理場で…」
「は?」
エクトールと俺は二人で目を合わせて、耳を疑いました。
だって、てっきりうちらはそこそこのセクションを任されるであろうと思っていましたからね。
「うちらが一番ジョアンと長いのに、なんだよ?この仕打ち」
「なんだかやる気失くすよなぁ…」
だって、エクトールと俺の二人は、
前の店からずっとジョアンと居たワケですよ?
なのに、なんで他のメインのセクションをやらせてもらえないの!?
誰だって頭にきますよ。
しばらくすると、ジョアンがうちらに寄って、声をかけてきた。
「お前達が一番長く俺と一緒にいるからさ。少しの間だけ辛抱してくれよ」
実際、今までの店で彼と働いていたスタッフのうちこの店に来たのは、キッチンからはエクトールと俺のみで、サービスのスタッフは「カルロス」で一緒に働いていたソニアという女の子だけでした。それ以外のスタッフはジローナの店に残らなければいけなかったからです。
もちろん、ソニアもマネージャーになんてなっていたワケでもなく、普通のウェイトレスです。
「確かに、うちらが一番長く一緒にいるからねぇ。だけどそれで納得するか?」
そして俺と別にもう一人、コール場に入るコックが一人いました。
名前はフランセスク。彼女のカロリーナもコックとして一緒に同じ店に仕事に来ていて、彼女は米料理のセクションに入りました。
彼ら二人も、そのセクション分けに不服だった。
だけどうちらと同じような不満ではなく、実はコックに「雇用枠」があったらしく、
「七人のうちの四人だけコック扱いで、残りの三人、つまり彼らと俺の三人は『調理アシスタント』の枠でしか雇えない」と言われ、しかも月の給料が50000ペセタ(当時日本円で約4万円弱位)も違うのです。
俺は外国人だからまだしも、彼らが不満そうにするのは分からなくもありませんでした。
そして、なんと彼らはその日のうちにお店を辞めてしまったのです。
「こんなの、あり得ないでしょ?」
と言っていた彼らの言い分ももちろん分からなくもないけど、そこで辞めてしまうのはどうかと思いますよね。
エクトールと俺は、うちらがジョアンに言われたことはあまり気にせずに、
「とりあえず辛抱しようか?まだ始まったばかりだしな!」と意外と前向きだったのですが、フランセスクとカロリーナが初日から辞めてしまったので、エクトールが仕込みの厨房と米料理を一人で、そして俺は、「二人いても回らない」コール場を一人で任せられる羽目になったのです。
先ほどのセクション表は、こうなりました。
・ Cuarto frío(クアルト フリオ‐冷製前菜)→俺
・ Entremetier(エントレメティエール‐温製前菜)→セカンドシェフのジョージ。
・ Arroces(アロッセス‐米料理)→エクトール
・ Pescados(ぺスカードス‐魚料理)→ジョルディ(エルブジにいたことがあるツワモノ)
・ Carnes(カルネス‐肉料理)→マルク(バルセロナの数々の有名店で働いていた「出来る男」)
・ Postres(ポストレス‐デザート)→アルベルト(ポールボキューズをはじめ、色んなフランスの有名な店に居たらしいフランス人パティシェ)
・ Pase(パセ‐料理を通すデシャップ)→チーフのエドゥアルド(ここに来る前は料理学校の先生だったとか)
・ Preparación(プレパラシオン‐地下の仕込みの厨房)→またエクトール(笑)
・ Corre Turno(コレ トゥルノ‐休みの人のセクションの穴埋め、いわばジョーカー)→ヴィクトール(レオン出身の彼はまたツワモノで、バルセロナの有名店を渡り歩いてたまたまこの店のオープンにたどり着いた)
と、こんな感じです。
「なんか、ますます大変なことになってきたな?」とエクトール。
「大丈夫だよ。それに俺には、ジョアンが前に言ってた『助手』がつくんだろ?」
が、
全くその気配はありませんでした。
そんなの、
ビビってるみたいで恥ずかしくてシェフに聞くに聞けないって(笑)
★★★つづく★★★